怪獣の部屋

39.ミイラ編

   ・ ミイラ・・これだけはやってほしくなかった。−26日 ロンドン・タイムズ−
   ・ これはまさに21世紀の”死者の書”だ!
−27日 ニューヨーク・タイムズ−
   ・ ミイラが生き返る!?
−東スポ−
「ミイラ再生」('32/米ユニヴァーサル) 「ミイラの幽霊」(’59/英ハマー) 同左。古代エジプトの回想シーンは圧巻。見よ、C・リーのこの存在感! 同左−B5判パンフレット。 ハマーのミイラ第3弾!(’67/英)
 二千万円あったら、皆さんは一体何に使うだろうか。家を建てるにはちと足りないが、高級車を買ったり、ゴージャスな旅行を楽しむには十分な金額だ。あるいはこれを元手に商売を始めようなんて方もいらっしゃるかもしれない。しかし、このお金でもし未来へ行けるとしたら・・。僕はSF小説の話をしてるのではない。これは現実に可能だし、実際にその金額を支払って未来へ旅立った人たちもいる。そしてそれはなんと、ビジネスとして成り立っているんだ。

 未来へ旅立つ方法は二つある。まず一つめは光速に近づく方法。これは”アインシュタインの相対性理論”をご存知の方ならお分かりかと思うが、つまりこうだ。ある速度で運動をしている乗り物の内部では、その外部よりも時間がゆっくりと流れる。そしてこの時間のズレは、その運動速度が速ければ速いほど大きくなる。例えば光速に近いスピードで飛ぶロケットで一年間宇宙旅行をしたとしよう。一年後に戻ってきた地球には、もうあなたを出迎えてくれる人は誰もいない。なぜならロケットで過ごした一年の間に、地球では数百年という歳月が流れているからだ。このことをご存知だった方は「猿の惑星」を観てニヤリとしたことでしょう。しかし実際には、そのようなスピードで飛ぶ宇宙船はまだ開発されてないし、もし将来開発されたとしても、二千万円で我々が乗れるようになるまでには、さらにかなりの年月を必要とするだろう。現在の技術でも可能で、しかも実践されているというのは、次の二つめの方法だ。

 米国には「人体冷凍保存協会」といったような組織がいくつか存在する。これは、不治の病などで余命幾ばくもないというような人たちが、将来の医学の発達の可能性に賭け、死の直後(かな?まさか生きたまんまじゃないとは思うけど・・)その肉体を数十年間冷凍保存する、というものらしい。この保存・維持管理のための費用が、約二千万円とのことである。この商売を考えた人は凄い。現在、冷凍保存された生物を蘇生させるには、様々な技術的問題を解決する必要があるが、そのことを我々が心配する必要は全くないのだ。なぜなら、蘇生させる時点で解決されてればいいってことだから。この一見行き当たりばったりにみえる未来旅行だが、意外にも好評で、その保存者数は数百とも数千とも言われている。来るべき復活の日に備えて肉体を保存する・・。しかし、これはなにも我々がはじめてやりだしたことじゃぁない。これと同じことを実は人類は大昔からやっていた。それが・・ミイラだ!

「ミイラ再生」より、甦った高僧イム・ホ・テップを演じたボリス・-フランケン-カーロフ 「ミイラの復活」('40/米ユニヴァーサル) 「ミイラの墓場」('42/米ユニヴァーサル) 「執念のミイラ」('44/米ユニヴァーサル) ここまでの3本は、いずれもTV公開 「The MMUMMY'S CURSE(ミイラの呪い)」('44/米ユニヴァーサル)でこれは日本未公開
 ミイラとは何か?定義はこうだ。「死後、保存された肉体」。では保存されるとは何か。これを理解するには、保存されない肉体にどのような現象が起こるかを知るのが一番手っ取り早い。人体がその機能を停止した直後、バクテリアと体内のある種の酵素が一斉にその構成物質の分解を始める。この働きによって肉体は急速に腐敗し、最後は肥沃な土と化す。そして新しい植物は成長し、動物のさらなる繁栄が約束されるのである。しかし、何らかの理由によって、この腐敗が起こらない場合がある。例えば冷凍されたり乾燥されたり、また死の直後に何らかの薬品で処理されたりすれば、バクテリアや酵素が働かないか、あるいは非常に緩慢に働いて、その遺体は何世紀にも渡って保存される。これがミイラだ。そして僕が今話題にしているのは、この人工的に薬品処理されたミイラのことである。

 ミイラ製作が最も盛んで、しかも最先端の技術を誇っていたのは、ご存知古代エジプトだった。エジプト人は何世紀にも渡る試行錯誤の末、第十九〜二十王朝(BC1320〜BC1085)のころまでに素晴らしいミイラの製作手法を完成させた。この方法を細かく説明すると、お食事前の方に致命的なダメージを与えることになるのでやめておくが、彼らが使った防腐剤の”天然瀝青”を表すアラビア語系のムミアが英語のマミー(mummy)の、ラテン語系のミルラ(mirra)が転訛したものが我が国のミイラの語源である。ちなみにミイラは漢字で”木乃伊”と書くが、これは中国の蜜人の故事(蜂蜜漬けの遺体が、万能薬に変じたというお話)に由来しており、ミイラの中国名である”没薬”は、ある種の樹脂から精製するこれもエジプト・ミイラ製作に欠くことのできない物質のひとつである。

 本物のミイラを見たことがある方ならお分かりかと思うが、はっきり言ってこれほど気持ちの悪いものはない(好きだけど)。自然の摂理に真っ向から挑戦する、人間のまさに執念の産物である。さらに驚くのは、このミイラづくりがそう珍しい習慣ではないという事実だ。本家エジプトでは十七世紀まで実際に行われていたし、南米、東西南北ヨーロッパ、ロシア、アジア各地そして日本と、この習慣がない地域を探すほうが難しい。このことが示すのは、我々がいかに死を、そして自己の消滅を怖れていたかという事実に他ならない。いわば、ミイラとは誰も避けて通ることのできない死の恐怖の象徴なのである。言い方を変えればホラーの素材としてこれほどふさわしいものもまたない。TVやスクリーンにミイラが登場した瞬間、僕らが感じるあの得も言われぬ恐怖は、動物の直感的恐怖ともいえる種類のものだったんだ。

ジャイアント・ロボ('67/テレビ朝日)の敵幹部ミイラーマン 恐怖劇場アンバランス('73/フジ)第1話はミイラでした 「戦え!マイティジャック」('68/フジ)のミイラ怪獣 ウルトラマン第12話より恐怖のミイラ人間。これはヤバイ! 「恐怖のミイラ」('61/日本テレビ)観た方のご感想「頼むから思い出させないでくれ」 悪魔くん('66/テレビ朝日)第3話「ミイラの呪い」
 米ユニヴァーサル社が生み出したドラキュラ、狼男、フランケンシュタインの人造人間らとならんで四大モンスターのひとつに数えられるミイラ男。他のモンスターに原作があるのに対して、これは完全なる映画のためのオリジナルで、その記念すべき第一作が「ミイラ再生」(1932)だ。古代エジプトで王妃との禁断の恋の末、王の逆鱗に触れ、生きながらミイラにされた高僧イム・ホ・テップが発掘によって封印を解かれ現代に蘇る−というこの傑作ホラーは、1959年には英ハマープロで「ミイラの幽霊」に、また1999年には再びユニヴァーサルにて「ハムナプトラ−失われた砂漠の都」としてリメイクされているのはご存知のとおり。

ユニヴァーサル「ミイラの墓場」以降3作で迫力のミイラ男−カリスを演じたロン・チャニー・Jr. 

 このミイラ男、姿かたちももちろんトンデモなく恐いが、その恐怖の根底は、ミイラと化してまで望みを叶えようとする執念、すなわち人間の心の奥底に広がる深い闇にある。映画のミイラ男−イム・ホ・テップは、生前の成就しなかった恋の相手である王妃の復活に執念を燃やすことになるのだが、この”生前に悔いを残す”というシチュエーションは、ホラーには絶対に欠かせない要素だ。幽霊も似たようなもんだが、直接手を下せないという点、まわりくどくてポイントが低い。この点ミイラは肉体が残ってるんだから、蘇りさえすりゃあこっちのもんだ。生前に悔いを残したアクティブな行動派・恋愛運はちょっぴり下降気味・お肌の乾燥には要注意・ラッキーカラーは包帯の白・・ミイラ男の魅力ってのはこんなところでしょうか。生への執着の塊であるミイラが、中世のヨーロッパや開国前の日本などで粉末にされ(!)、万能薬として重宝されてたってのもなんとなくうなづける気がするよね。

 ユニヴァーサルでその後シリーズ化されたミイラ男(カリスと名前が変わるが)は、次第に、マスターの呪文によって蘇り、操られるだけの殺人ロボットのような存在に成り下がってしまう。それはそれでおもしろい設定ではあるが、彼の”心の闇”を描かなくなった時点で、その魅力と人気は次第に下降線をたどる。キャラクターの人気だけに頼ったシリーズが長続きしない好例のひとつだった。その後、ハマープロによるカラー版リメイクなどはあったものの、他のモンスターに比べていまいち地味な印象の拭えないこのミイラ男、通好みのシブい奴ってところを一気にひっくり返したのが、つい先頃度肝を抜くSFXで大ヒットしたリメイク「ハムナプトラ・・」だった。さすがユニヴァーサル!ただひとつ惜しまれるのは、題を「ミイラ再生」にしなかったことかな。いろんな意味で・・。

エジプト第十九王朝のセティ一世のミイラ。最高の保存状態で発見されたもののひとつ。安らかに眠れ・・。 今にも叫び声が聞こえてきそう!インカのミイラ。 世界一美しいミイラ。イタリア・パレルモ地下納骨堂より。眠ってるかのようです。 ちょっと拍子抜けか「ピラミッド」('80/英米) 勢いで観る映画。細かいツッコミはナシね。
 最後にもう一度現代のミイラのお話に戻ろう。数十年後の未来に、彼らは復活するだろうか。凍らしたときに、脳へのダメージとかはなかっただろうか。冷凍期間中に停電とかしなかっただろうか。いやいや、それより一旦冷凍保存した魚を解凍して食べるとあんまり旨くないが、それは関係ないとしても、なんかいろいろと大丈夫だろうか。うまい具合に蘇生できたとして、あとでだんだん腐ってきたりしないだろうか。腐ってきたところに包帯なんか巻いたりして、まるでエジプト・ミイラみたいに・・・ひえ〜。死の間際、運良く大金を残せたとしても、僕はやっぱり遠慮しとこう。「007は5度死ぬ」とか、「スターウォーズ・エピソード30」あるいは「サザエさん最終回」なんてのは観たい気もする。だけど、家族や友人のいない未来はどんなに素晴らしい世界だったとしてもきっと味気ないものに違いないし、第一、そんな先の時代に僕が活躍する必要は、もうない。なぜならその世界は、”僕らの子孫たちのもの”なんだからね。

(2002/9)