怪獣の部屋
24.漂流教室編
コミック全11巻(小学館) |
恐るべき怪虫の襲撃 |
映画版怪虫はゴキブリなのか! |
1987/7(東宝東和) |
永遠に続くかと思われた夏休みもあと一週間を切った頃から、僕は小さな胸のつかえが次第に大きくなり始めていた。宿題?違う。もっとずっといやなこと、それは歯医者さん。学校で先生から夏休み中に治しておくようにいわれた虫歯が、まだ手付かずのまま残ってたんだ。嫌なことを先延ばしにしてきた自分に後悔しつつ、やっと決心して向かった歯医者であったが、その待合室で更なる恐怖が僕を待ちうけていようなどとは、まだこの時は知る由もなかった。小学校1年生。7歳の夏のことである。 夏休みの歯医者は、僕のような駆込みのガキでゴッタがえしてて、順番待ちの間に僕は大量の少年マンガ雑誌を読むハメになった。少年マンガ雑誌といっても、当時の「マガジン」や「サンデー」の誌面は、重厚なテーマと恐怖・暴力・血しぶきの嵐で、小学校低学年が読むにはちときつかった。でも熱中してくると、あのいやなドリルの音もガキどもの喧騒も次第に遠のいて、僕はいつしか自分の名前が呼ばれるのにも気づかないほどになってた。そこで出会ったマンガのひとつが、「漂流教室」だったのです。 |
大和小学校の周りは突如砂漠と化した。一体何が! | 真っ先に狂い始めたのは、頼っていた先生達だった。 | ミイラが生き返った? | おぞましい姿の未来人。仲間達の中には、未来人に変化し始める者も・・。 |
結論から言おう。この楳図かずお原作「漂流教室」は、マンガ史に残る傑作であり、また第一級のSFである。あるいは母と子の絆の物語であり、大量消費による環境破壊の上に築かれた現代文明に対する警告の書でもある。そ、そして・・とてつもなく怖い! ストーリーを簡単に追ってみよう。主人公”翔”は大和小学校の6年生。”その日”もいつもどおり遅刻ぎりぎりで学校に滑り込むが、いっしょだった信一君は、給食費をとりに、うちに戻る。これが二人の運命の明暗を分けた。遅刻した信一君が学校に向かう途中、突然の大音響と激しい揺れが学校周辺を襲う。そして学校に着いた信一君が見たものは・・、学校だった場所にぽっかりと空いた巨大な穴だった。大和小学校と先生・生徒862人は一瞬のうちに跡形もなく消え去ってしまったのだ。 一方、大和小学校では、ごう音と激しい揺れのあと、周辺の光景が激変してしまう。空には暗雲が立ち込め、学校の敷地の外は見渡す限りの砂漠となってしまったのだ。生徒はたちまちパニックに陥る。まず狂い始めたのは、先生やパン屋のおじさんといった大人達だった。翔たちは大人に頼ることをあきらめ、自分達の力で秩序を保つ努力を始める。やがて翔たちはこの世界が、滅びた未来の地球であることに気付く。 このあとの展開は、まさに恐怖と絶望のジェットコースターだ。次々と迫り来る怪生物、内部分裂と暴動、ペストの流行など、その展開は息つく暇もない。皆に選ばれ、リーダーとなった翔だったが、その努力も空しく、仲間達は次々と命を落としていく。水と食料はわずかしかない。一体翔たちは、この悪夢のような世界から無事脱出することができるのだろうか! |
5年生の西さんには不思議な能力が | 翔のおかあさん | 人類の慣れの果ての姿なのか! | 次々と迫り来る恐怖の未来生物。 |
未来ってばら色じゃなかったの?かっこいい未来カーや宇宙旅行が実現するんでしょ。戦争や疫病はなくなるって書いてあったよ。あれってうそだったの?でもニュースでオイルショックとか公害病とか言ってたしな。こっちがほんとなのかもしれないよ。 「漂流教室」は、無邪気な僕らに現実の厳しさを、徹底的にそして情け容赦なく叩き込んだ。どんな怪物が現れようと、ウルトラマンも超能力を持つヒーローも助けには来ない。そしてたぶんこれがほんとの現実なんだ。でも、翔たちは教えてくれた。どんな絶望的な状況に陥っても、知恵と勇気を振り絞れば道は開けるんだってね。 最終回、僕らは翔たちが時間の壁を超える瞬間に最後の望みを賭けた。しかし、かすかな希望を持ちつづけていた全ての読者の期待は、完全に裏切られることになる。勧善懲悪のハッピーエンドしか知らなかった僕らには、衝撃の展開だった。だが!、絶望に暮れるみんなの前で、翔はこう言い放つんだ。「ぼくたちは、何かの手により未来にまかれた種なのだ!ぼくたちの手でこの世界を変えていくんだ!」すごいよ翔・・、でもきっとそうだ。君たちならやれる。頼んだよ、翔! |
翔は信じたくない現実を見てしまう |
歯医者の帰り道、いつも見慣れた町がちょっと違って見えた。いつかはここも滅びてしまうんだろうか。せめて僕が大人になるまでは・・いや、6年生になるまで待ってくれよ。6年生になったらきっとがんばれる。翔も6年生であれだけがんばったんだからね。見下ろす洞海湾は、油が浮いてきらきら光ってた。きれいな夕焼けが出てた。スモッグがなければもっときれいだったかもしれないけれど。 15年後、大林宣彦監督の映画版「漂流教室」が公開された。子供達にどう映ったかはともかく、当時原作を読んで感動した僕らの世代はずっこけた。舞台が神戸のインターナショナル・スクールに設定変更されているためか、翔をはじめとする生徒たちが妙に明るい。恐怖や絶望感といった重要なテイストが、まるでないのである。唯一評価できる点は、”未来にまかれた種”にいろんな人種がいた、ということくらいか。僕はこの映画版は”なかった”ことにした。僕の中の翔は、いまもあの暗い未来の地球のどこかで、怪物たちと戦い続けているんだ。 |
水も食料も尽きた。最後の望みを賭けたレジャーランドで待っていたのは・・。 | 生き残った全員の心がひとつになった。果たして奇跡は起こるか! | もとの世界に帰る望みは全て絶たれた。しかし翔達はある決心をする。 |
(2000/8)